こんにちは、ラパンです。
この度はニシダさんが書いた「不器用で」を読みました。
この本を買おうと思ったきっかけは帯の裏の5つの物語の独特な主人公の紹介を見て、面白そうと思ったからです。それでも芸人さんが書く小説、いわゆる素人の人が書く小説、しかも、クズ芸人とか言われている人が書く小説、どうなんだろう、設定だけ個性的で本当に面白いのかなと最初は半信半疑と少しの偏見を持って(笑)読み始めました。
しかし、結論は5つの短編小説どれも面白くてなんかいいなぁと感じましたし、私は小説家ニシダさんのファンになりました。
「なんかいい」という漠然とした表現をより具体的にお伝えすると、主人公がどこか器用に生きられない人、時には暗い性格だったり、人生に退屈している、不満を持っている人なのですが、そういった主人公達の心の内を本当に丁寧に繊細に書いていて、非常に引き込まれましたし、読み応えがありました。また、そういった主人公が1人の人物と関わることで何か心に風のような物が吹いて少し前向きになる結末は清々しい気持ちになりました。
さらに、これはお笑い芸人かつツッコミ芸人のニシダさんならではかもしれませんが、心情や状況を説明するときの比喩や独特な表現が私は凄く好きでしたし、本当にセンスを感じました。
帯で千原ジュニアさんが「芸人要素が良い意味でゼロ。これホンモンやな!」とコメントを書いていたとおり、芸人ニシダではなく、小説家ニシダが書く小説本当に面白かったです。
読んでいない方、是非読んで頂きたいですし、私は次回作も期待しています!
それでは本作の魅力を解説していきます。
~作品情報~
題名:「不器用で」
著者:ニシダ
出版:株式会社KADOKAWA
ページ数:203ページ
目次
- 器用に生きられない人々の心の内を繊細に描く、お笑いコンビ「ラランド」のニシダさん初の小説集!
- 私が読んだ動機
- こんな人にオススメ
- 作品説明
- 弱い主人公達だからこそ感情移入しやすい!人物の心情や表情を確かな表現力で描く
- 最初から引き込まれる物語の書き出し、面白いと思ったポイントを紹介!
- センス溢れる心情や情景表現!独特な感性に引き込まれる…
- まとめ
1.器用に生きられない人々の心の内を繊細に描く、お笑いコンビ「ラランド」のニシダさん初の小説集!
私が読んだ動機
- 帯の裏で紹介されている5人の物語の設定が個性的で面白そうだと思ったから
- 佐久間宣行さんの「佐久間宣行のNOBROCK TV」というYouTubeの中の企画の1つである「100ボケ100ツッコミチャレンジ」でラランドの挑戦を見て、ニシダさんのツッコミ力に感心し、どんな小説を書くのか興味がわいたから
- 千原ジュニアさんはじめ、重版出版など絶賛されており、興味があったから
こんな人にオススメ
作品説明
お笑いコンビ「ラランド」ニシダさん初の小説集。
本作は器用になれない、心に暗さや虚無感があるような5人の物語が収録されている。5つの物語のあらすじを簡単に紹介する。
1.「遺影」
いじめに加担し、クラスメートのアミの遺影を作らなくてはいけなくなった中学生の物語。自身の学校、家庭環境に苦しみながらも、1人の美術教師との出会いを通して、主人公の心の成長を描いた作品。
2.「アクアリウム」
生物部で淡々とシラスを選別する高校生の物語。もう1人の重要人物、波多野は過去に学校で停電が起きたとき、生物部の魚を全部見殺しにしたことがあり、主人公は彼のことを不気味、自分よりも下に位置する人間として見下している。
ある日、生物部で釣れた魚を解剖して、海の生態系や魚の食生活を調査する学外活動があった。そこで主人公は波多野と1つの秘密を共有する。
大学生になった主人公が電話で波多野と高校時代の事件について話し……。
3.「焼け石」
バイト先のスーパー銭湯で男性用サウナの清掃担当になった女子大生の物語。主人公は不快感や嫌悪感を感じながらも今まで通り働いていたが、あるとき同じバイトの滝くんという少年が女性が男性用サウナの清掃をしていることに対しおかしいのではないかと社員に直訴していた。
そんな滝くんと一緒にいつも通り、男性用サウナの清掃に行った際、事件が起きて……。
4.「テトロドトキシン」
唯一主体的に取り組める事が「経験人数を増やすこと」という無気力な会社員の主人公は虫歯を治さないことで「消極的自死」を望んでいる。ある日、ふと行った高校の同窓会で咲子という女性と再会し……。
5.「濡れ鼠」
主人公の史学科准教授の男性は同じ大学で知り合った12歳年下の実里と付き合っている。同棲しているが、生活リズムのずれによるすれ違いや浮気を疑うような様々な疑惑から、今後どうしていくべきか悩む主人公。
そんなある日、深夜にバーで働く実里が朝方になっても帰ってきておらず……。
弱い主人公達だからこそ感情移入しやすい!人物の心情や表情を確かな表現力で描く
「不器用で」という本のタイトルにあるように、物語の主人公達は器用に生きられない、寂しさや劣等感がある、生きることに意味を見いだせないような人物でそれがこの小説集の特徴です。そして、そういった人物達の心情や表情を繊細に表現する力があるので、そういった弱さのある主人公に共感したり、主人公が前向きに行動できた時には勇気をもらうことができると思います。
「遺影」という作品の一部を引用して、魅力を伝えていければと思います。主人公の中学生の少年は貧しいのですが、それに対しての少年の心の叫びを紹介します。
僕は両親のことを嫌いだと思ったことは一度もない。父も母も僕に対して優しかった。けれど僕の人生に不当なハンディキャップとして課されているのは両親だ。好きであればあるほど、金のない両親の姿は辛く惨めに思われる。〔中略〕金の心配をかけまいと、僕はサッカー部に入った。小学生からサッカーは好きだった。けれど本当の理由は兄がサッカーをやっていたので、靴や練習着に金が掛からないからだった。僕が、タツニイ(※主人公の兄)が、サエコ(※主人公の姉)が気を遣っているなど、両親には微塵も頭にない。ゲームセンターに行って、クレーンを動かす友達の背中を眺める僕の気持ちなど理解していない。みんなでマクドナルドに行って、誰よりも薄いハンバーガーと水を頼む僕を知らないし、知ろうともしていない。父も母もいまだに子供は野を駆けているものだと本気で思っている。スマホのない僕がLINEグループに入れていないことが一大事であるなど思いもしないのだ。子供を思いやる知恵がない。金のない生活は当然辛いが、両親の経済状況を窺いながら生きる方が僕には辛かった。今この状況にある僕を慮ることのない両親が憎かった。もしタイムマシーンがあったら、僕の誕生日の十月十日前に遡って腰を振る父の背中を蹴飛ばしてやりたかった。
「遺影」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、20、21頁
少年の心の叫びに胸が苦しくなりますよね。この少年は自分自身の貧しさに怒りを覚えている反面、自分以上に貧しいアミのいじめに加担しており、逆らえば今度は自分が虐められるのではないかという恐怖も感じています。そんな心の葛藤や怒り、遺影を作るお金もなく、どうしようという戸惑いなど様々な感情を繊細に表現しています。詳しくは読んで確かめて見て下さい。
最初から引き込まれる物語の書き出し、面白いと思ったポイントを紹介!
マスクを着けるのが当たり前になって気づいたことがある。僕の口は臭い。肉の腐るような臭いがする。
山道の脇に子鹿が一匹横たわっている。長い舌をだらりと垂らして、四肢は歩いている途中時が止まったみたいに躍動感を保ったままだ。首元の辺りは小動物に齧られたのか、錆びたような赤茶色が栗色で泥まみれの毛皮の裂け目に露出している。その裂け目に我先にと食い込み、肉を食い破ろうとする乳白色のカシューナッツのような蛆虫が蠢く。
そんな体験したことのないイメージが、マスクの中で吐いた息を鼻から吸ったとき、思い浮かんだ。
「テトロドトキシン」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、123頁
「テトロドトキシン」の書き出しです。これを読んだときに「うわー、オシャレ~、クチの中をこんな風に表現できるなんてセンスあるなあ」と感心してしまいました。それに、そんな主人公にどんなことが起こるのか非常に気になりました。読後感も非常に良く面白かったです。
そして、個人的にすごく好きだった小説が、「アクアリウム」です。こちらの小説も冒頭から主人公の卑屈さや毒のある感じが徹底的に表現されており、あまりの主人公の暗さにクスッとダークな笑いもこぼれてしまいました。小説の内容を引用して、魅力を紹介したいと思います。
僕の通う高校二年生の教室を出て目の前の階段を降り、職員室と進路指導室の間の長い廊下を横切る。その辺り一帯には去年の高校三年生の合格実績が張り出されていた。花丸で囲われた『祝』の赤文字の下に名前と大学名が書かれている張り紙は、上だけ一点のみ画鋲で留められていて、廊下の端を人が通るたび、風圧で一枚ずつふわりと浮かんでは落ちていく。一流大学も、名前の聞いたことのない三流大学も等しく風になびくのが、とても滑稽だった。〔中略〕
五階までの階段を昇るのは毎回苦痛だ。長い階段が単純に肉体的な苦痛でもあったし、中学の頃の顔見知りの教師たちとすれ違うのが何よりの苦痛だった。〔中略〕そこで会う教師は皆、高校生になって中等部の校舎にいる僕のことを馬鹿にしている気がした。文系なのに生物部に所属する僕を、後ろめたい暗がりに属する僕を見下しているような気がしたのだ。〔中略〕階段を一区切り昇るたび、踊り場で小休憩して息を整えたかったが、いつ教師がやってくるのか分からないので一息に目的地に辿り着かなければならなかった。生物実験室に入る前には、いつも荒い呼吸で気道が擦れる音がした。
生物実験室のドアは横にスライドさせるタイプのもので、下に付いている滑車のすべりが変に良い。勢いよく開けると大きな音が鳴る。うっかりドアを強く開けてしまうたび、まるで人を殴ったかのような罪悪感と、痛快で晴れ晴れしたような気持ちが混在する。
「アクアリウム」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、47,49,50頁
そして、その生物部の唯一の同級生である波多野というキャラクターが登場するのですが、この人物のことを主人公はめちゃくちゃ馬鹿にしていて、下に見てるんですよ。徹底的に主人公の劣等感や暗い感じ、波多野が過去に起こした事件や見下している様子を書くことで、後半の物語に繋がっていきます。
ダークな表現や皮肉の中にユーモアもあり、クスッと笑ってしまうと思います。そして主人公の感情の行く先とは……。見所が沢山あり、紹介しきれないのですが、なんか良かったなあという感想。是非、読んでみて下さい。
センス溢れる心情や情景表現!独特な感性に引き込まれる…
芸人要素がないとは言いつつ、主人公の心情やそれを表す情景や状況の比喩はツッコミ芸人のたとえツッコミを思わせるような表現で、それも魅力の1つとして感じました。具体的にいくつか紹介します。
僕の家は八号棟まである団地の五号棟にある。〔中略〕建物から外に迫り出すように作られた鉄骨を組み合わせた外階段は、吹き付ける海風で錆びないよう過剰にペンキが塗ってある。原液のブルーハワイみたいな安っぽい青。
「遺影」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、8頁
(釣った魚解剖をするシーン)
胃の下に切れ目を入れ終わると、角度をつけて中身をひっくり返すみたいにシャーレに内容物をぶちまける。小さなカニの足や溶けかけた小魚、貝殻などが小鉢によそった和え物のようにひとかたまりとなっていた。
「アクアリウム」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、69頁
イタリア中世史がわたしのメインの研究分野だったけれど、ヨーロッパ史に関して論文を書く学生は列を作って私の部屋の前に並び、助言を受けては帰っていく。売れっ子占い師の気分だった。
「濡れ鼠」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、175頁
振り向いた実里は化粧っ気のない腑抜けた顔を一瞬でこわばらせた。凹凸の少ない顔立ち。けれど不思議と美しかった。何にでもなることができそうな顔だった。最寄りのコンビニにいつも居る店員でも、テレビに出るようなアイドルでも、報道番組で取り上げられた痛ましい事件の被害女性でも、どれだって違和感なく当てはまりそうな造形の顔。長いとも短いとも言えない髪型も拍車をかけて、全ての可能性が開かれているように見えた。
「濡れ鼠」(ニシダ『不器用で』所収)株式会社KADOKAWA、176頁
本当に比喩や表現にセンスを感じます。非常に多くの魅力的な表現がありますので、そんなニシダさんの感性に触れて、お気に入りの表現を探してみてはいかがでしょうか。
2.まとめ
5つ短編小説があったら、1つくらい面白くない物もあるのだろうと思っていたのですが、本当にどの小説も面白かったです。
1つ目の「遺影」は虐めている子の遺影を作る過程での心の成長を描いていて非常に清々しかったです。2つ目の「アクアリウム」は劣等感や虚無感を感じているような主人公の毒のあるものの見方にはクスッと笑ってしまうところもありますし、釣りのシーン、最後の波多野という同級生の過去に起こした事件の真相を語るシーンなど見所満載です。3つ目の「焼け石」は素敵な恋愛小説ですし、4つ目の「テトロドトキシン」は人生に生きる意味を見いだせない、めちゃくちゃな主人公が1人の女性と出会うことで変わっていく姿は生きる力のようなものを与えてもらえると思います。最後の終わり方も好きでした。5つ目の「濡れ鼠」はタイトルにもなっている通り、主人公のおじさんが恋人を探して、一生懸命雨の中を走るのですが、その姿にはぐっとくる物があり、非常に読後感が良かったです。バーのマスターからお水をもらうシーンも好きです。
どの小説にも共通して言えるのは、大きな事件などハラハラドキドキするような展開はないけれど、主人公に共感したり、どんどん引き込まれていく面白い小説ということです。
この小説集が魅力的なのは、主人公の心の機微に向き合い、繊細でセンスある表現力でそれらを表現しているからに他ならないからだと思いました。
ニシダさんの次回作が楽しみですし、期待しています。ぜひ、読んでみて下さい。
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