[感想]「八月の御所グラウンド」/万城目学:死んだはずの伝説の名投手との野球大会。青春のみずみずしさを感じつつ、生きることについて考えるきっかけになる深い1冊

読書

こんにちは、ラパンです。

この度は万城目まきめまなぶさんの「八月の御所グラウンド」を読みました。

こちらの小説は第170回直木賞受賞作です。

最初は「八月の御所グラウンド」という小説で1冊の本だと思っていました。しかし、実際は前半に「十二月の都大路上下カケル」という全国高校駅伝で急遽走ることとなった超絶方向音痴の女子高生のお話があり、その後本の題名になっている「八月の御所グラウンド」という小説が続きます。

「十二月の都大路上下カケル」は女子高生が話の中心であるため、ポップな感じはありつつも、レースのシーンでは手に汗握る臨場感もあり、ライバルや部活の同級生との健闘を称え合う点や友情が垣間見える場面は青春小説のみずみずしさを強く感じ、読み終えた後非常に清々しい気分になれました

一方、「八月の御所グラウンド」は借金のカタに嫌々野球の大会に駆り出された大学生の主人公が即席のチームで野球をやることになります。その中で情熱のような物が芽生えるなどの成長を描きつつ、既に亡くなっているはずの名投手との出会いを通して生きることについて考える小説になっています。

どちらもそれぞれの良さがあり、面白かったです。同じ青春小説というジャンルでも本当に同じ人が書いているのかなと思うくらい読んだ後の印象が異なり新鮮な気持ちになりました。清々しい「The青春小説」と青春小説の良さはありつつも現代の自分たちの生き方について考えさせるような小説を一度に2つ楽しむことが出来るのも本作の魅力なのかなと感じました。

それでは本作の魅力を紹介していきます。

~作品情報~

題名:「八月の御所グラウンド」

著者:万城目 学

出版:株式会社文藝春秋

ページ数:204ページ

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目次

  1. 青春のみずみずしさを感じつつ、生きることについて考える深い1冊
    • 私が読んだ動機
    • こんな人にオススメ
    • 作品説明
    • 「十二月の都大路上下カケル」みずみずしさと友情を感じる「The 青春小説」
    • 「八月の御所グラウンド」仲間との野球を通して青年の成長を描く!即席チームでありながら健闘する姿やドラマチックな試合は胸が熱くなる!
    • 「八月の御所グラウンド」「今を一生懸命生きよう」と生きることについて考えさせてくれる内容。様々な伏線回収も楽しめる
  2. まとめ

1.青春のみずみずしさを感じつつ、生きることについて考えるきっかけになる深い1冊

私が読んだ動機

  • 直木賞受賞作品を読んでみたいと思ったから
  • 「感動&感涙の傑作青春小説」と帯で紹介されており、興味がわいたから

こんな人にオススメ

チェックポイント
  • 青春小説が好きな人
  • 伏線回収がある小説が好きな人
  • 毎日ぼーっと生きてしまっているなと感じる人
  • 人生が退屈に感じる人
  • 生きることについて考えたいと思っている人

作品説明

「十二月の都大路上下カケル」と「八月の御所グラウンド」の2つの小説を収録。

「十二月の都大路上下カケル」

女子全国高校駅伝の本番前夜、補欠の坂東(通称サカトゥー)は急遽都大路を走ることを顧問の先生から伝えられる。しかし、彼女は超絶方向音痴だった。

果たして彼女は無事にゴールまで辿り着けるのか?同級生やライバルとの関わりや友情を描きながら主人公の成長を描く青春小説。

「八月の御所グラウンド」

夏の終わりの八月、彼女にフラれた大学生、朽木は怠惰に日々を暮らしていた。そんなある日、友人の多聞から借金のカタに早朝の御所グラウンドで行われる「たまひで杯」なる野球大会に参加するよう言われる。

メンバーが9人揃わないピンチの状況が続くが、主人公と同じ学部のゼミに所属している中学人留学生の「シャオさん」や通りすがりの「えーちゃん」という30代の男性、その後輩の「遠藤君」、「山下君」も加わり、なんとか試合ができた。

そんなある日、1つの不可思議な謎が浮かび上がる。

死んだはずの伝説の名投手との野球大会を通して、生きることについても考える青春小説。

「十二月の都大路上下カケル」みずみずしさと友情を感じる「The 青春小説」

まずは1つめの「十二月の都大路上下カケル」について魅力を伝えていきたいと思います。

こちらの小説の魅力の1つは同じ1年生の咲桜莉との関係性だと感じます。この咲桜莉という人物は1年生の中で1番いい記録を持っている人物です。しかし、駅伝に出る予定だったメンバーの1人が出走を辞退したことで代わりに走ることになったのは咲桜莉ではなく主人公の坂東でした。咲桜莉はどうして私じゃないんだろうと思いながらも、緊張する主人公の姿を見て、こんな言葉をかけます。本文を紹介します。

「私は好きだよ、サカトゥーの走り方。大きくて、楽しそうな感じがして」

緊張のしすぎで、まったくごはんを食べる気が起きない朝食会場で、正面に座る咲桜莉に突然告げられた言葉が耳の奥で蘇った。

そんなことを彼女から言われたのははじめてだった。私は咲桜莉の機敏で跳ねるような足の運び方や、テンポのよい腕の振り方が、自分にはできない動きでうらやましく、自分の走り方は大雑把で無駄が多いと思っていたから、驚くとともに純粋にうれしかった。おかげで用意された朝食を全部平らげる事ができた。〔中略〕

留学生の彼女と私じゃレベルがまったく違うけれど、不思議なくらい勇気が太ももに、ふくらはぎに、足裏に宿ったように感じた。

気づくと、あれほど我が物顔でのさばっていた緊張の気配が身体から消え去っている。

そうだ、私も楽しまないと――。

「十二月の都大路上下カケル」(万城目学『八月の御所グラウンド』所収)株式会社文藝春秋、25頁

同級生で友達だからといえど、この状況でこの言葉が言える咲桜莉はすごいなと思うとともに、1人の思いのこもった言葉が人に勇気や力を与える事が出来るということ、2人の関係性が素敵だなと感じ、感動してしまいました。

もっとレース中の駆け引きやゴールまでのドラマがあってもよかったかなと思ったり、レース中に不思議な出来事が起こるのですが、それについてもっと説明があってもよかったかな(個人的にはそのシーンについて正直あまり意図が分からなかったです、次に続く「八月の御所グラウンド」でも亡くなった方が出てくるので、京都では不思議なことが起こるということを伝えたかったのか?)モヤモヤする部分はありましたが、レース後に咲桜莉がメンバーに選ばれなかったことについて本心を打ち明けるシーンや同じ区間を走ったライバルと再会を約束するシーンは見所でこんな青春生活を送ってみたかったなぁと思わせてくれました。

ぜひ、女子高生のエネルギー溢れるポップでみずみずしい青春小説をお楽しみ下さい

「八月の御所グラウンド」仲間との野球を通して青年の成長を描く!即席チームでありながら健闘する姿やドラマチックな試合は胸が熱くなる!

あまり青春小説や青春もののドラマや映画を見る方ではないのですが、そういった多くの作品は「○○大会に向けて頑張る」やその競技に経験がなくても、レギュラーメンバーになってやるとか上手くなってやるといったモチベーションや意欲がある主人公や登場人物が多い印象を持っています。

そういう作品が多いとすれば、こちらの作品はよくある「青春小説」とはひと味もふた味も違います

まず、物語は『八月の敗者になってしまった』という文章から始まりいきなり引きつけられます。主人公の朽木は本当は彼女と四万十川に行く予定でしたが、彼女にフラれその予定もなくなり、猛暑の中京都にいる自分は敗者だと嘆き、怠惰な日々を送っている大学生です。別れる理由を聞いた際に『あなたには火がないから』と言われるような人物なんです。

そんな朽木は友人の多聞から借金をカタに野球大会に半強制的に参加するよう言われるのですが、野球をやる動機……笑という感じでビックリしました。熱いし、朝早いし、「たまひで杯」という大会の詳細もめちゃくちゃで最初は全然やる気もないんです。

しかし、試合を重ねるごとにチームの成長や一体感が増していき、勝利の喜びやチームに貢献できていない悔しさなどを感じる主人公が描かれていきます。

また、多聞の研究室のボスである三福教授のライバルである太田教授のチームとの因縁の試合は即席チームでありながら皆が健闘する姿や最終回のドラマチックなシーンは非常に胸が熱くなりました

試合のシーンは長く引用して紹介が難しいので、主人公の成長を含めてぜひご自身の手に取って楽しんでみて下さい。

「八月の御所グラウンド」「今を一生懸命生きよう」と生きることについて考えさせてくれる内容。様々な伏線回収も楽しめる

主人公の心の成長や野球の熱い試合展開もよいのですが、「八月の御所グラウンド」の中で最もメインで描かれており、考えさせられたのは「生きる」という事についてです。

少しネタバレすると、一緒に野球をしていた仲間が既に戦死しているのではないかという疑惑が出て、それについて調べていくうちにその疑惑が現実味を帯びてきます。教授の「(メンバー9人集まって)なんとかなるさ」という発言やキャップ、クラブでの話など様々な伏線が回収されるのも面白いなと思いました。

戦死したと考えられるうちの一人は伝説的名投手、沢村栄治だと考えられるのですが、その投手に関して思いを馳せるシーンが胸に訴えかけるものがあったため、紹介させて頂きます。

「朽木」

丸めていた背中を起こし、多聞が口を開いた。

最初に放った質問は、「何で、沢村栄治は肩を壊したんだ?」だった。

調べたばかりの沢村栄治についての記憶を掘り起こし、俺は多聞に語って聞かせた。沢村栄治が二十歳で一度目の招集を受けたこと。軍の手榴弾投げ大会で、通常は三十メートル投げたら上等のところを九十メートル以上も投げたこと。おそらく戦場でも何度も投げこみ、肩を消耗したこと。二十三歳で満期除隊し、プロ野球に復帰を果たしたが、二年のブランクは大きく、元の投球はできなくなっていたこと――。

「手榴弾って、重いよな?」

「硬球の三倍の重さがあったらしい。戦場では人は瘦せるから、筋肉も落ちて肩に悪いことずくめだっただろうな。復帰しても、前のようには投げられなくて、サイドスローに転向した」

膝小僧の上に置かれた多聞の拳が、いつの間にか強く握られていた。

「最悪だな」

ほぞりと多聞がつぶやいた。

「何だよ、それ。俺も中学のときに膝を怪我したけど、自分のせいで怪我したなら納得できる。でも――」

それきり、黙りこんでしまった。

「八月の御所グラウンド」(万城目学『八月の御所グラウンド』所収)株式会社文藝春秋、196,197頁

自分の意志に反して戦争というものがあり、夢や希望を奪われ、それでも一生懸命生き、まだまだこれからという若さで戦死しなければならなかった人々の状況を知り、自分は今を一生懸命に生きているか、やりたいことを全力で楽しんでいるかと考えさせられました皆さんも何か考えさせられることがあると思います。

前述した通り、主人公は何かに情熱を燃やせないような人物だからこそ、読者の私達は彼と自分達を重ねて生き方を振り返り、これからを見つめ直すきっかけになるのではないかと感じました

きっと、今よりも少しだけでも頑張って生きてみようと思わせてくれる小説だと思います。ぜひ、読んでみてください。

2.まとめ

いかがでしたか。

「十二月の都大路上下カケル」で同級生や他校のライバルとの友情や掛け合いを描いたポップでみずみずしい青春小説を楽しんだのち、「八月の御所グラウンド」でもっと生きて自身の夢や人生を楽しみたかった人たちに思いを馳せ、自分自身の生き方を見つめなおす。

エンタメ作品としても楽しめますし、自身の今を振り返るきっかけになるきっかけにもなるという、著者の万城目学さんの小説家としての幅の広さを感じました。

他の万城目学さんの作品や直木賞受賞作も読んでみたいと思いました。

ぜひ、読んでみてくださいね。

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